コラム:日本語化したドイツ語 2

 「日本語したドイツ語」のコラムの続きとして医学用語を取り上げます。明治維新に前後して日本は医学をドイツから学んだためか、ドイツ由来の用語が多いようです。

カルテ ← Karte {f}
 患者の診療記録、医者が患者に対する所見や診断を述べる診療録のことです。これは和製ドイツ語。「Karte {f}」は本来「Visitenkarte {f}:名刺」、「Spielkarte {f}:トランプ」、「Speisekarte {f}:メニュー」など、指で支えればきちんと立つような厚みのある紙などを示します、ぺらぺらの紙を綴じた書類ではありません。「『Landkarte {f}:地図』は薄いのでは?」など困る質問はしないで欲しいものです。

クランケ(患者) ← Kranker {m} / Kranke {f} / Kranke {pl}
 直訳すると「病人」だから少し違和感は残ります。仮に病気かどうか心配で病院に来ただけで、いきなり病人にされてしまうかのようです。ドイツでは「Patient {m}/ Patientin {f}」の方がよく使われます。違いは、医者に掛かると病気でなくとも「Patient {m}/ Patientin {f}」、掛かってもいなくても病気であれば「Kranker {m}」というところでしょうか。したがって健康診断で病院に行く人や妊婦は「Patient {m}/ Patientin {f}」であっても「Kranke(r)」ではありませn。
 「Patient {m}」ぴったり相当する和訳は見つかりませんでした。少し硬いのですが「受診者」「来談者」が近いでしょうか。コラム子は骨折でドイツの病院に入院した経験があるのですが、カルテには「Patient :~」とありました。

メス(手術用の) ← Messer {n}?
 通説では、オランダ語の「mes」からです。手術の器具にドイツ語が多いことからでしょうか、メスもドイツ語という説もあります。「Messer {n}:メッサー(ナイフ)」を短くして「メス」になったとのことですが、少し無理があるようです。
 ところでこの「メッサー」、日本の病院では「執刀医」という別の意味になっています。メスを振るう人だからメッサーと言いたかったのでしょうか。人の意味の「Messer {m}」は「測定者」(「messen {vt}:測る」から)であって「執刀医」ではありません。ちなみに執刀医はドイツ語で「Operateur {m}」といいます。
 手術の器具では「ピンセット ← pincet」はオランダ語です。日本語では「鑷子(セッシ)」だそうです。医学用語ではドイツ語由来かオランダ由来か迷うものがたくさんあります。せっかく調べたのでオランダ由来の単語も挙げます:

  • カタル ← catarre
  • コレラ ← cholera
  • カンフル ← kamfer
  • モルヒネ ← morfine
  • リューマチ ← reumatiek

医者以外にはあまり知られていないドイツ語由来の医療用語を紹介します:

  • オペ(手術) ← Operation {f}
  • エルステ(医者にとって最初の手術) ← die erste Operation {f}
  • カイザー(帝王切開) ← Kaiserschnitt {m}
  • シャーカステン(レントゲン写真観察器) ← Schaukasten {m}(シャウカステンと読みたい)
  • メッツェン(手術用はさみ) ← Metzenbaumschere {f}
  • コッヘル(止血鉗子) ← Kocher-Klemme {f}
  • エッセン(病院食、術後食) ← Essen {n}
  • ナート(縫合) ← Naht {f}(本来は「縫い目(縫った跡)」、縫合はNähen {n})
  • ステる(死亡する) ← sterben {vi}(シュテルベンと読みたい、だから「シュテる」では?)
  • エントラッセン(退院) ← Entlassen {n}
  • ビーコン(再試、再来) ← wiederkommen {vi}
  • オーベー、o.B.(所見なし;特に異常を示す所見がない) ← ohne Befund
  • フライ(所見なし) ← frei {adj}
  • ガーゼ ← Gaze {f}
  • オブラート ← Oblate {f}
  • ギプス ← Gipsverband {m}(略称は「Gips {m}」だが、本来は石膏という意味)
  • ギプスシーネ ← Gipsschiene {f}(骨折治療のときにギプスと併用される副木(ソエギ))

最近では石膏ではなく即硬性の樹脂などを使うらしい。ドイツの病院で骨折の治療を受けたときは、どちらでもない何か柔らかい繊維(?)のような「Verband {m}」で骨を固定されました。

(この稿、続く)