Mechanik は機械学か?

 前回の投稿では「mechanical」の訳語について書きましたが、今回は「Mechanik」という名詞の訳語についてです。コラム子のような一般人が何を主張しようとも、とても林毅先生ほどの説得力がないことは鼻から承知しています。これは何を書いても世の中にはあまり影響がないということでもあります。

 この単語、非可算名詞としては学問の意味になります。日本で出版されている独和辞典はこれを「力学」と訳しています。それは良いとして問題はその後です。一冊の例外を除いて「機械学」という訳を付け加えています。これははっきり言って誤訳です。「Mechanik」には非可算名詞としては「力学」以外の意味はありません。逆に日本語の「力学」をドイツ語に戻してもやはり「Mechanik」になるでしょう。しばしば「Dynamik」とも訳されますが、これは「Mechanik」の下位概念で日本語では「動力学(どうりきがく)」というものです。

 「Mechanik」はアリストテレスの著作「mechanica:機械学1)日本において一般的な訳語」にそもそも由来するとドイツの代表的な「Wörterbuch」である「Duden」に載っています2)ガリレオの「mechanike:レ・メカニケ/機械論」とも。そのため同書のこの単語の欄には「Maschinen- und Gerätekunde」の意味も追記されています。「mechanica3)本来はギリシャ語のアルファベット」を読むと(→WikipediA)、確かに力学だけではなく機械に関するものともとれる内容です。しかしこれは紀元前に書かれたもので、現在までの長い歴史の中で「mechanica」の当時の意味はほぼ失われています。「Duden」は原義の「Maschinen- und Gerätekunde」を載せているに過ぎません。

 国語辞典の役目は自国の言葉の意味を明らかにすることですが、説明しきれない単語は他の単語に言い換えることがあります。これはドイツの「Wörterbuch」でも同じです。「Maschinen- und Gerätekunde」は残念ながら言い換えです。もし日本の独和辞典の編集者がこれをもとに「機械学」としたのならば、思慮に欠けた翻訳と言わざるを得ません。言い換えた単語がそもそも的から外れているのに、またさらに他言語である日本語に翻訳すれば間違いなく意味が歪みます。正に安易な伝言ゲームです。

 「機械学」であればまだしも、あろうことか「機械工学」「機械(工)学」と訳している独和辞典すらあります。ここまで来ると笑い話です。機械工学とは機械を設計したり造ったりするための学問と技術の総体です。「Mechanik」は、機械工学の大事な要素である材料加工や機械制御などの意味を含むのでしょうか。

 そこで独和辞典の編集者の方々に提案です。非可算名詞としての「Mechanik」の意味を「力学」だけにするのがベストですか、「1.力学;2.機械学(アリストテレス)」とするのは如何でしょうか。それとも素人の意見などに聞く耳を持ちませんか。

References   [ + ]

1. 日本において一般的な訳語
2. ガリレオの「mechanike:レ・メカニケ/機械論」とも
3. 本来はギリシャ語のアルファベット