ラテン語は死語か?

 今更と言われそうですが、独英/独和辞書を編集しているとラテン語由来の学術用語が多いことに気付きます。それもそのはず19世紀まではヨーロッパ諸国の大学の公用語でした。もちろん学術論文もラテン語で書かれていました。ローマ帝国の崩壊と共に5世紀には話す人がいなくなってしまったそうです。その意味では死語です。しかしバチカン市国で公用語になっているなど、書記言語としては現在もなお生き続けています。

 14世紀に始まったルネッサンスでは古典文献はことごとくラテン語に訳されました。人類のそれまでの英知がラテン語に凝縮されたと言っても過言ではないでしょう。

 話す人がいないというのは変化しにくいということです。母国語にする国もないので特定の国に依存しません。欧州では既に広く普及していました。これだけ条件が揃っていれば、学名がラテン語になったことは当然の成り行きです。逆にラテン語以外には考えられません。特に解剖学の用語などはラテン語がそのまま使われていながら母国語に該当する単語がないことすらあります。ドイツ語の例では:

Phalanx proximalis {f}1)ドイツ語ではラテン語の性をそのまま継承することが多いようです:基節骨(指輪がはまる位置の指骨(しこつ))
Musculi epicranius {mpl}:頭蓋表筋(頭の表面にある筋肉の総称)。

 こんなところがアルファベットを使う国のうらやましいところです。ラテン語の専門用語は母国語に訳す必要がないのです。むしろ訳さないで学名をそのまま使った方が欧米諸国ほぼ全域で理解できて便利です。

 それに引き換え日本ではすべて日本語に訳されています。例えば200本を超える人間の骨にはすべて日本語の名称が付いています。筋肉、臓器なども同様です。実際の話、「ファランクス・プロキシマーリス2)ドイツ語読み」と言うより「基節骨(きせつこつ)」と言った方が日本人にはしっくりくるでしょう。これら専門用語が明治維新以降に作られたことを考えると日本人てすごいと思いませんか。骨、筋肉、臓器,これら機能が分かっていなければ日本語には訳せません。ラテン語を中心とした知的財産をわずか数十年という短時間で取り込んだのです。

 ラテン語の話のつもりが日本の自慢話になってしまいました。「さてはナショナリストか」と誤解される前にこの稿を終えます。

References   [ + ]

1. ドイツ語ではラテン語の性をそのまま継承することが多いようです
2. ドイツ語読み