ドイツ語ではなく英語の話です。1987年の初春と記憶していますが、東京大学名誉教授林毅(はやしつよし)先生の講演を聴いたことがあります。学生の間では本名の毅を「こわし」と読まれた程に怖い先生だったそうですが、そのときの先生は温和な老人という印象でした。
それはともかく、色々あった話の中で特に記憶に残っているのが「mechanical」という英単語の訳についてです。自分達の年代の学者たちがこれを「機械的」と誤訳してしまったという話です。例として挙げたのが「mechanical properties」です。これは材料の特性を表すパラメーターです。これを何の疑いもなく「機械的特性」と翻訳していていながら、英文で書かれた書籍、論文を読むにつけ「力学的特性」と訳すのが妥当だということに気が付いたということです。
林毅先生と言えば知る人ぞ知る新素材研究の第一人者です。ご自分の専門分野の用語のことです、これには耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。ただ明治生まれとは言え、先生が学者、エンジニアとして第一線で活躍されたのは戦後のはずです。「mechanical」をどう訳すかなど、昭和の時代にまでこんな基本的な単語の訳語が定着していなかったことの方が驚きです。
少し自慢が入りますが、我が意を得たりと思っていました。日独の大学で「力学 / Mechanik」を学んだ者にとって、「mechanical」を「力学的」と訳すのは当たり前のことだったからです。
ある日本の辞典で「機械的エネルギー」を引くと「力学的エネルギーに同じ」とあります。先生の言うことが正しいとすると「機械的エネルギー」は「mechanische Energie」の誤訳です、そもそも日本語に「機械的エネルギー」なる言葉が無いのです。ここで急にドイツ語になりました。エネルギーはドイツ語に由来しているからです。英語の「energy」ならエナジーとなるはずです。そんなことで結局、ドイツ語の話になってしまいました。