字義訳に注意

名詞、動詞、形容詞など品詞は問いません、外国の単語のどれひとつとっても完璧に日本語に訳すことはできません。もちろんその逆も然りです。対訳の辞書を作っている者が言うのも変ですが、双方向で訳しきれないニュアンスがあり、一対一で対応する単語はまずありません。辞書に載る単語に訳語がいくつも並ぶのはそのためです。
一度でも外国語を学んだ人ならばそんなことは常識のはずです。ところがそう知りながら、人がやってしまう間違いの典型があります。いくつか例を挙げます。

ある英和辞典の巻末に、なぜ英語ではスープを食べる(eat)と言うのか、という趣旨の疑問(?)を数ページにわたり解説していました。辞書を編さんする人がこんな認識では困ります。
そもそも「食べる」は「eat」の完璧な訳語ではなくニュアンスの違いがあります。そのひとつは他でもなく、スープのような汁物を頂くときの表現です。英語では「eat」と言い、日本語では「飲む」と言います。
乏しい英語の知識から考察すると、「eat」は食物から栄養を摂るということ、「食べる」は食物を咀嚼(そしゃく)して頂くということというニュアンスがあるのではないでしょうか。もっとも、同じ汁物でも栄養を摂るための「smoothie」には「drink」を、咀嚼を必要としない漉し餡のお汁粉には「食べる」を使ったりします。一概には言えません。
この「eat」をひとつ取ってみても対訳がいかに困難かわかります。少なくとも、英語ではスープを食べるとは言いません。

ある雑誌に載ったコラムです。「ロシアではジャムを食べながら紅茶を飲む習慣がある」とウンチクを傾けてから、文末を

「ロシアでは紅茶を食べる」と言います

と締めくくっていました。説明を加えるまでもないでしょう。これも字義訳からくる間違いです。「食べる」という意味のロシア語を和訳するときには、紅茶を頂くときに限り「飲む」と訳してください。

食品会社のTVコマーシャルのコピーで

欧米では、ライスは野菜だそうです(同社のホームページより)

と言うのがありました。
まず「ライス」とは米のことでしょうか。仮にそうしておきます。日本でも米は一年生植物なので定義上は野菜ですが、農林水産省では野菜に分類されていません。一般に穀物は野菜ではないからです。穀物を野菜とするならば同じ稲科の小麦も野菜になります。パンやうどんを食べて野菜を摂ったとは言えないでしょう。
だからこそこのコピーを考えた人は「欧米ではそうではないのですよ」と言いたかったのでしょう。しかし「欧米」とは大きく出たものです。「野菜」という日本語はいつから世界共通語になったのでしょうか。欧米の言語で「野菜」と和訳できる単語はあるはずですが、もしその単語が米を意味に含んでいるならば「野菜」とは和訳できません。日本語の「野菜」は米を意味に含んでいないからです。